宮之浦岳は九州の最高峰で日本百名山に書かれている名峰です。屋久島の山塊は海上から見ると八重山の通りに十重二十重に山塊が連なっています。宮之浦岳の山頂付近は笹に覆われていてアルペン的な雰囲気を感じさせてくれます。山頂は岩がニョキニョキと聳えています。眺望はすこぶる良さそうなのですが、屋久島は天候が悪いことが多いので、運次第で楽しめるかどうかが決まります。
日帰り登山はよほどの健脚の持ち主で無いと無理で、山中に一泊か二泊しないと宮之浦岳の頂には達せられません。
登山道には無人の避難小屋が多数設けられているので、繁忙期を除けば山小屋を利用できます。ただし食料は自力でもって登ります。
屋久島にはヤクシカと呼ばれるニホンジカが生息しています。本土の鹿よりも大分小柄で、おでこが張り出しているのが特徴です。雄鹿は立派な角を持ち、体格の小ささを感じさせません。
指宿から高速船トッピーに乗って屋久島へ渡ります。高速船の出船時間は意外に遅く、午前8時半でした。高速船の出向先は鹿児島港ですが、始発の便は指宿に寄港するので指宿から乗船することが出来ます。高速船の出港まで時間があるので、指宿港の待合所で屋久島のタクシー会社の電話番号を教えてもらい、宮之浦港に入港する時刻に迎えに来てくれるように頼みました。
鹿児島-屋久島の片道料金6200円、往復割引11000円。
指宿-屋久島の片道料金6000円、往復割引10800円。
離島に渡るのには、フェリーと客船があります。今回利用したトッピーは客船になります。どこが違うかというと、フェリーは車やオートバイなども乗船できる船で、客船は人のみが乗船できる船です。蛇足ですが、自転車を運ぶときも通常はフェリーに乗船となります。トッピーなどの高速船の方が移動時間が短いから自転車も乗せたいという場合には、折りたたみ自転車を折りたたんで輪行袋に入れるか、MTBやロードレーサーなら分解して輪行袋に入れる必要があります。
トッピー乗船すると、客室の入口に手荷物を置きます。座席からはやや離れています。トッピーは快適な客室を持っています。左右に3列ずつのシートが中央の通路を挟んで並んでいます。シートの質は一般的な高速バスと同等のもので、悪くない座り心地でした。トッピーの推進はジェットフォイルと呼ばれるもので、船舶やプレジャーボートでおなじみのスクリューは着いていません。船の形態は水中翼船です。大変に速度の速い船で、時速40kn/h(74km/h)以上の速度がでるそうです。
あらかじめ連絡をしておいたタクシーが、出迎えに来てくれていました。宮之浦港から白谷雲水峡の登山口まで、30分ほどでしょうか。料金は3000円前後でした。着くまでのあいだ、屋久島の歴史や地理を話してくれました。こうしたタクシーの運転手さんからの情報は現地の人の言葉だけに信憑性があり、良い情報源となります。
例えばこの運転手さんから聞いた話では「江戸時代の島津藩の頃は、屋久杉を切るのはもちろん、山全体を村の人が共有して利用していたのが、明治の地租改正で土地を所有しているだけで金銭による租税を払わなければならなくなったので、誰も所有を主張することなく、屋久島の大半が国有地となった。」また「屋久島の杉の枝は油分を多量に含んでいるので、他所の杉の枝よりも良く燃えるから、一枝持ち帰って燃え方を試すとよい」という話を聞きました。
屋久島は全山が山の島です。これは宮之浦の港に着くとわかります。海っぺりに人が住んでいるだけで、一歩島の中に足を踏み入れると、人の居住に適していません。それでも森林産業が盛んな頃は山の中に村があったそうです。林業も鉱業と同じで、農業や工業の様に特定の場所に居住すると言うことは無いようで、住む場所のはやり廃りの激しい産業のようです。
白谷から縄文杉までは、登山者にとっては比較的楽な道なのですが、歩いている人のほとんどは観光客なので、装備はツアーガイドでも見てそろえたのかそれっぽく見えますが、歩き方やザックの背負い方など一目で素人と言うことがわかります。人が歩いているのは白谷の辻峠から森林鉄道跡の遊歩道にかけてです。森林鉄道跡の突き当たりが宮之浦岳の登山道の入り口で、縄文杉までの道の入り口でもあります。この辺りまでがハイキングの世界です。
白谷雲水峡の登山口には管理棟があり、ここで入山料を払います。丸木作りの小屋が管理等で、その前に大きな屋根を持った東屋が建っています。シーズンオフ(2009/11/20-21)ですが、多くの観光客がいました。
登山道の始まりは、コンクリートに石を埋めた構造の舗装路です。一歩入ると、そこは緑の世界です。樹木は背が高く、地面の岩は蘚苔類で覆われています。吊り橋を渡ったり、沢筋の岩の上を歩いたりするときは、深い緑色の淵が見えたり、滝が見えたりします。道が舗装路でなくなり、土の道になると、道の土砂が雨水で流されて、木の根のむき出しになっている階段状になっているところもあります。二代杉、くぐり杉、七本杉など、名前の付いている杉の標識があちこちに立っています。地元の人の話によると、登山道沿いにある大木は殆ど切り倒されていて、今残っているのは樹形が悪くて切っても木材にならない杉ばかりと言うことですが、なるほどその通りです。名前が付けられるくらいなので、特徴のある樹形をしていますが、林業の立場から見ると奇木になるのでしょう。
辻峠はなだらかな峠です。峠には三叉路があって、分岐を進むと太鼓岩まで往復が出来るのですが先に進みます。峠ではヤクシカが下草を食べていました。保護されているらしく、人を見ても逃げる気配はありません。本州のニホンジカと同種だと聞いていましたが、身体はずいぶんと小さく見えます。体重は半分くらいしかなさそうです。峠を越えて下りにかかると、まもなく森林軌道跡に設けられた木道のある遊歩道に出ました。
木道は2本のレールのあいだに、枕木の上に付けられています。スベリドメを施してあるので、大変に手間のかかっていることが分かります。
遊歩道の周りには、杉の木は疎らにしか見られません。広葉樹の大木が覆っています。切られてしまったのでしょう。歩いていると、直径が1mを越える様な切り株や輪切りにされて一部が残された樹木が点在しています。森林軌道跡はまだ先に続いていますが、右側に大株歩道入口と書かれている登山口が現れます。ここからは本格的な登山道となり、岩をよじ登り、樹木をかき分けて進みます。登山道としてはかなり楽な方ですが、観光客には厳しいと思います。
縄文杉までは意外と距離があり、思っていたよりも時間がかかりました。大株登山口の案内板には、ここを遅くとも午前10時に発つようにと書かれていました。また、縄文杉までの往復時間は約4時間とも書かれていました。観光客やハイカーで、辻峠を越えて縄文杉を目指す人は殆どいないようです。安房(あんぼう)から安房川沿いの道をさかのぼってくるようです。地図を見ると、確かにこの方が歩く距離が短くなります。
縄文杉までは木製の階段が随所に設けられています。湿度が高いので、階段は濡れていて、うっすらと苔が生えているものもあり、滑りやすくなっています。
この辺りの植生は森林軌道跡とは少し異なり、幹の細い高木が非常な密度で生えています。屋久杉と言われる大木がそうした木々のあいだに点在しています。それほど昔でない時代に皆伐を受け、禿山に近い状態になったことが有るのかもしれません。縄文杉は、世界遺産に登録された直後に柵で囲われて、周りを人が歩くことで根が痛んでしまう害から守られています。柵から杉まで10mくらいの距離があるはずですが、杉が大きすぎてカメラに収まりません。樹形はかなり変形しています。良材になりそうもないので、切られずに済んだようです。高松小屋から新高松小屋までは、登り道ではなく、やや大きなピークを二つ越える登っては下る道でした。一日の終盤に歩くには少し厳しい道です。
この辺りは、比較的杉の大木が多く見られます。まっすぐに天に伸びている杉も見られました。日没後に新高松小屋に着き、気温を測ると+4℃でした(2009/11/19)。初日は新髙松小屋で宿泊です。
新髙松小屋を出発して標高が高くなると高木が少なくなり、少し視界が開けてきます。そうしたところから、宮之浦岳が雲海の上に浮かび山容を見ることが出来ました。高木の数がぐっと減ってくると岩峰が林立している屋久島の高山帯に入ったことが分かります。登山道を歩いて来たこれまでは、樹木が繁栄していて見通しが悪く、また地面は落葉樹の落ち葉で覆われていたり、地衣類が緑に覆っていたので、岩の多さに気がつきませんでした。
稜線の上に抜けると一面が屋久笹に覆われていました。
正面に宮之浦岳が見えます。ピラミッド型の端正な山容の山で、正面の真ん中を登山道が登っています。笹で覆われた山肌に、灰色の岩が点々とあるのが印象的です。
新高松小屋から宮之浦岳まではあっけないほ近距離です。ペースを上げれば永田小屋まで足を伸ばせます。宮之浦岳(標高1936m)の山頂は岩だらけの小さなスペースです。花之江河まで3.6kmと書かれた指導標が立っていました。
黒味岳(標高1831m)へと向かいます。
宮之浦岳から黒味岳までの縦走路は、小ピークの上を通ったり中腹を巻いたりしています。笹の斜面には人の背丈の倍ほどしかない針葉樹が点在しています。ちょっと不思議な景色です。縦走路は歩く人が多いので、はっきりと付けられています。深い霧に囲まれても道に迷う心配はありません。木道の区間もありますが、大抵を刈り払った土や岩の道です。登山道としては一級の国道と言えます。黒味岳の分岐の辺りは、笹ではなく南国風の常緑樹の林で、赤いテープのマーキングが施されていました。見通しが悪いので、過去に道迷いが発生したのかもしれません。
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